日赤発祥の地・熊本 〜連載企画〜

連載47 「ソルフェリーノの思い出」と赤十字創業者の思い

1867年パリで開催された万国博覧会で、日本人が初めて赤十字に出会ったと言われている。ナポレオン三世の肝入りで行われたパリ博の会場には、創立されて間もない赤十字が、戦時救護のための担架、医療器具、幌つきの救急車などを出展していた。赤十字パビリオンの入り口には、アンリー・デュナンを含む「赤十字5人委員会」のメンバーの胸像が並べられていた。

このパリ博で肥前の代表として訪れていた鍋島藩士佐野常民は、赤十字に誰よりも興味を引かれたものと思われる。この時日本では大政奉還が行われた。それから10年後の明治10年、西南戦争で、彼はこの赤十字に習って救護団体「博愛社」を設立した。彼が博愛社設立時に残した言葉の端々に、デュナンの考えや言葉がそのまま見え隠れする。パリ博では、赤十字について、ただの見聞だけでなく調査や研究もしたのだろうかと、大変不思議に思えてくる。実際、「博愛社々則」の短い条文の中にも、赤十字の諸原則やシステムがしっかりと織り込まれている。それだけでも感動的であるのに、佐野常民が使った言葉が、そのまま、デュナンが出版した「ソルフェリーノの思い出」の中で使われていることに、更なる驚きを感じる。当時はまだ、日本語に翻訳されていない「ソルフェリーノの思い出」を原文で読んだのか、それともデュナンと直接パリで会って話をしたのかと思いたくなる。

二人の共通の言葉とは、「博愛」、「真の文明」、「進歩」、「義務」、などという言葉である。西欧諸国で当時、はやっていたのだろうか。それとも、たまたま偶然だろうか。そのほかに、デュナンが、「人道と博愛の念」、「人道とキリスト教の精神」といった言葉を使っているの対し、佐野常民は、日本風に「博愛、道徳、慈愛、報国、忠愛」などの言葉を使い、博愛精神と皇国(室)精神といったものを訴え、救護団体の設立を願い出た。国や、宗教や、身分や、知識や信条など、まったく違う二人であるが、少なくとも、デュナンと佐野常民は、「人道」という同じ思いに至っていたのに違いない。

ここで、「ソルフェリーノの思い出」の全文は紹介できないが、参考のために最後のむすびの文章のみを紹介しておく。この連載で紹介した博愛社の誕生や佐野常民の言葉を思い出しながら読んでいただきたい。そして、人の命の尊厳と、苦痛の軽減のため、戦時救護のみでなく、現在でも全世界で活動する赤十字の姿を思い浮かべながら読んでいただきたい。

…『こういう性質の任務には金銭で働く人を必要としない。事実、賃金を受ける看護人は時々薄情になったり、いや気がさして逃避したり、疲労でなまけるようになったりする。他面において、即時の救助というものが必要である。なぜならば、今日なら救うことのできる負傷者も、明日は救うことができなくなるからであり、時機を失すれば脱そをおこし、これが病人をあの世へ連れて行くからである。このゆえに、熱心で、この仕事に準備があり、慣れており、野戦軍諸部隊の隊長に承認されて、その使命遂行に便宜と援助とを与えられる篤志の看護人や看護婦が必要なのである。野戦病院の人員はいつも不足で、二倍三倍にしたところで、なお不十分であり、いつになっても不足であろう。どうしても、民衆に助力を求めなければならない。これはやむをえない。将来になっても、やむをえないと思われる。なぜならば、この場合、目的達成を期待しうるのは民衆の協力による以外にないからである。したがって、あらゆる国、あらゆる階級の人々、現世に権力を有する人にも、つつましやかな工員にも訴え、懇願しなければならない。その理由は、あらゆる人が、何らかの方法で、それぞれの分野で、自分の力に応じ、このりっぱな仕事にある程度協力しうるからである。この訴えは男と同じように女にたいしてもなされる。王座のきざはしに座する高貴の姫君にも、孤児で忠誠を励む身分の低い召使にも、さてはこの世によるべがなく、最後の力を隣人の幸福にささげたいと願う貧しいやもめにも向けられる。大、中将にも、少将にも、慈善家にも、人類全体を悩ます問題を、書斎の奥から物を書いて、うまく解決していく文士にも、さらに、もっと特別な意味では、あらゆる民族、あらゆる国、あらゆる家庭にさえも訴えるのである。何となれば、なにびとといえども、自分は戦争に無関係でいられるとは確信をもっていいきれないからである。もしも、オーストリアの将軍とフランスの将軍がプロシァ国王の厚いもてなしのテーブルに席をならべ、なごやかなふんい気のなかで話し合いができたとすれば、両将軍が、その関心と注意を引くにあたいする問題を検討するのをだれがさえぎりえたであろう。

たとえばケルンとかシャーロンに国籍のちがう戦術の対立者が集まるというような特別の場合に、この会議ともいうことのできる機会を利用して、何か国際的に神聖な協約として、一つの原則を定めることは望めないであろうか。この原則が承認を受けて批准されれば、ヨーロッパ各国における<負傷兵救護団体>の根拠として役に立つのではなかろうか。一度戦闘行為が開始されれば、交戦者はたがいに悪意をいだき、種々の問題を自国民のためという、ただ一つの、限られた観点からだけしか扱わなくなるだけに、前もって協定をして、手段を講じておくことがいよいよ大切なのである。
人道と文明とは、ここに示したような事業を、どうしても必要であるとして要求する。これは義務であるとさえ考えられる。この義務をはたすことに、少しでも勢力ある人間はみな協力し、善人はすべて少なくともその意思を参加させなければならない。いかなる王候君主がこの団体を援助することをこばむであろうか。自分が指揮する軍の兵隊に、万一負傷しても、即座に適当な看護が受けられるという十分な安心を与えることを喜ばないであろうか。いかなる国家が、自国にとって大切な市民たちの生命を守るために、こんなにも努力した人々に保護を与えることをほっしないであろうか。何となれば、祖国を守り、祖国に尽して弾丸に打たれた軍人は、その祖国からあらゆる心づかいを受ける値うちがあるのではないだろうか。いかなる士官も将軍も、部下の兵をわが子のように思うならば、右に述べたような看護者の任務に便宜を与えることを望まないであろうか。いかなる主計官、いかなる軍医が、りっぱで賢明な指導のもとに、臨機応変に行動する利口な人々の一隊から補佐を受けることを、感謝をもって承諾しないであろうか。さらに、進歩とか文明とかいうことが大いに語られるこの時代において、不幸なことに戦争が常に必ずしも避けうるものではないのであるから、人道と真の文明との精神にもとづいて、戦争を防止し、少なくともその恐ろしさを緩和しようと根気よく努力することが緊要ではなかろうか。
この事業を大規模に実行するには、相当多額の資金を必要とすることはたしかであるが、けっして必要な金が不足するようなことはないと思われる。戦時になれば、委員会の訴えに応じるため、だれもかれも熱誠をこめて浄財を持参し、ささやかなおかねをさし出すであろう。国の子たちが戦っているとき、民衆は冷淡、無関心にかまえてはいないであろう。戦いに流される血潮は全国民の血管を流れる血潮と同じではないか。であるから、この事業の進行を妨げるおそれのあるのはこの種の傷害ではない。困難はけっしてそんなところにあるのではなく、問題はまったく、この種の仕事に対する真剣な準備、このような団体の創設そのことにあるのである。
今日諸国民が使用できるようになった新しい恐ろしい破壊の道具を見ると、将来は戦争の期間は短縮されるにちがいないと思われる。しかも、そのために、戦争は、かえって、いよいよはるかに残虐をきわめると思われる。しかも、奇襲ということが大きな役割を演ずるこの時代に、戦争は敵味方のどちらかから、きわめてとつぜんに、思いもよらぬやり方で突発しえないであろうか。これを考えただけでも、不意を打たれないようにしておく十二分の理由があるのではなかろうか。』(「ソルフェリーノの思い出」アンリー・デュナン著。木内利三郎訳。発行所株式会社日赤会館。)

アンリー・デュナンがまとめた「ソルフェリーノの一つの思い出」は、友人や訴えるべき人に送るため、少部数(1600部という説あり)が印刷されたという。これと同じように、佐野常民は、博愛社設立が許可された後に、博愛社設立請願書と趣意書を活字にして印刷し、君子(学識、人格ともにすぐれた、道徳的にりっぱな人物)あてに、次のように協参を呼びかけた。

『余輩此惨烈ナル戦時に當(あた)リ 聊(いささ)カ 報國慈愛ノ義務ヲ取ラント欲シ 別紙ノ通 征討総督本営ニ願ヒ出デシ所 速カニ其許可ヲ得タリ 由テ四方ノ君子 右ノ主旨ト衷情トヲ洞察シ 厚ク協参アランコトヲ冀フ  明治十年五月 大給 恒 佐野常民』

なお、熊本県権令(現在の知事)に宛てた親書は次のとおりである。
『博愛社標章ノ圖 及印影別紙ノ通征討總督本営ヘ致御届置 候間爲御存知壱葉宛 致御廻候別ニ別冊願書 活版相整候附先以拾部 進呈致候間可致御分與 及御依頼候也  六月二日 佐野常民 冨岡権令殿』

(支部 梶山哲男)

※この連載は、次回で最終回となります。

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