日赤発祥の地・熊本 〜連載企画〜

連載38 「玉東町」は日本の「カスティリオーネ」

玉東町役場の駐車場に車を止め、すぐ西側に隣接する丘を北に一分ほど歩いて登りつめると、有栖川宮御督戦阯がある。
ここは公園になっており、西南の役で征討総督有栖川宮熾仁親王殿下が、兵站基地である高瀬から、この木葉城跡の台地にしばしばおいでになり、御督戦に努められたと伝えられている。
大きな石碑には、細川護立(ほそかわもりたつ)候(細川家の16代当主で、日本赤十字社近衞忠煇社長の祖父)の書で「征討総督有栖川宮御督戦阯」と彫ってあり、台座には詳細な説明が刻まれている。
振り返って南側に目を向けると、激戦地だった田原坂や二俣台地が一望でき、当時の有栖川宮親王殿下と同じ気持ちになることができる。
「官軍は、二俣台地から吉次峠、横平山、半高平と攻略し、大変な犠牲を払って薩軍が占領する田原坂は背後から陥落した。二俣台地や田原坂のかなたには薩軍に包囲されている熊本城がある。目指すは加藤清正が築城した熊本城だ。
しかし、まだ山鹿や植木、木留方面では薩軍の激しい抵抗が続いている。
なかなか思うように進撃できない。谷千城(たに たてき)の籠城戦は何時まで耐えられるだろうか。
最前線への軍需品の補給と入れ替わりに、官軍病院には死傷者が次々と運ばれてきている。
連隊旗を奪われた14連隊長乃木希典は責任を感じ自害を図ろうとしている。どうしても負けるわけにはいかない。
しかし、敵も味方も犠牲者があまりにも多すぎる。そしてあまりにも悲惨だ。
薩摩兵の治療はどうなっているのだろうか?同じ人間なのに。」などと、殿下はお考えになったのだろうか。

有栖川宮御督戦阯からの景色は、西南戦争後に上野彦馬が撮影した正念寺の写真と同じ風景だ。
ここから住宅の中に目線を移せば熊本軍団病院であった正念寺を探すことができる。
本堂は現存していない。当時、正念寺の裏やその周囲には臨時の救護所があったと伝えられており、そこが正真正銘の博愛社の最初の救護活動の場所であると言う人もいる。
今ではちょうどそのあたりの場所に、地域医療を担う立派な医院が建っている。
田原坂の戦いの後に少し山手の方から移転してきたそうだ。

この医院の高祖父の安成宗寿氏は、以前この連載で紹介した官軍の包帯所「徳成寺(とくじょうじ)」で、門弟を率いて軍医を助けた開業医の一人だ。
徳成寺はここからもそれ程遠くないところにある。
徳成寺の日赤発祥の石碑には、3月中旬、たまたまそこを訪れた元老院議官佐野常民が、町医者達のその献身的な活動に感動し、博愛社の設立を決意したと刻まれている。
佐野常民はアンリー・デュナンと同じ体験をし、同じ思いになったに違いない。
最近地元のテレビ番組で、このお寺の副住職が、「お寺ですから、もともと敵も味方もありません。薩摩兵の治療も当然であり、それが博愛社の設立に繋がりました。」と、インタビューに答えておられたのが印象的だった。

ちなみに、この安成宗寿氏は、明治4年に東京帝国大学の前身である大学種痘館から種痘術熟煉免許者に就令され、明治8年12月28日には、白川県(熊本県)から種痘術免許を得ている。
明治10年10月11日には、陸軍省から西南の役の野戦病院長たる功により陸軍軍医に任命されている(正念寺所蔵資料より)。幕末から明治にかけての誇るべき医療人であり、熊本の偉人と言えるのではないか。
有栖川宮御督戦阯を後にし、もと来た道を戻り、役場の駐車場を左に見ながら、そのまま下って行き、3分ほど歩くと高月官軍墓地がある。この墓地には西南戦争で戦死した、官軍の軍人、軍夫、警察官の人たちが埋葬されている。
こうした墓地が熊本県内には21箇所もあるそうだが、そのうちの1つである。
ここには980人が埋葬され、墓碑数は970基で、10基は亡失したそうだ。
埋葬者の大半が、西南戦争の最大の激戦地の田原坂、吉次峠、二俣、横平山で戦死した、東京、名古屋、大阪、広島及び熊本鎮台所属の人々だ。熊本出身の人は少数だったと云う。

こうして、のどかな地域を散策しながら、いろいろと西南戦争に思い起こし、博愛社の誕生のことを考えていると、どうしても赤十字巡礼の旅と重なってくる。
地元の町立玉東中学校では、赤十字の起こりが校歌になっている。
この連載で、「田原坂」は日本の「ソルフェリーノの丘」と紹介したが、これは、以前から青少年赤十字のメンバーたちがささやいていたことだ。今回、これに「玉東町」は日本の「カスティリオーネ」と、付け加えておきたい。
カスティリオーネのキエザ・マジョーレ教会は、激戦地に近かったため、教会の中に500人、それでも入れきれない負傷兵を外に100人収容し、婦人達とデュナンが同じ兄弟愛を持って差別なく救護を行った場所である。
この教会が、玉東町の「徳成寺」や「正念寺」と重なり合ってしょうがない。
旅行会社の企画で赤十字巡礼の旅が時々企画されるが、これに参加すれば、ソルフェリーノやジュネーブを訪れ、アンリー・デュナンの足跡をたどることができる。行ったことのある人は赤十字の誕生に感動を抱くことができる。
それと同じで、田原坂(熊本市植木町)、玉名郡玉東町(木葉)、玉名市(岩崎、高瀬)、そしてジェーンズ邸(熊本市中央区)を訪れ、有栖川宮熾仁親王殿下、小松宮彰仁親王殿下(東伏宮殿下)、佐野常民の足跡をたどれば、博愛社の誕生に同じ感動を感じることができる。

ソルフェリーノの戦いはたった1日で4万人近い死傷者が出たとされている。小高い糸杉の丘の上に建つ納骨堂(教会)には、約8,500近くの遺骨が、階級も国籍も何も関係なく壁一面に納められている。激戦地田原坂と景色も良く似ている。
ソルフェリーノから6キロはなれた、カスティリオーネのキエザ・マジョーレ教会(通称「ドゥオモ」)の内部の壁には、「この教会で、ロレンツォ・バルチッツァ神父に導かれたカスティリオーネの婦人たちとともに、アンリー・デュナンが、ソルフェリーノの戦いで傷ついた人達を差別なく救援し、これが赤十字の発想の基となった。
1859年6月24日を記念して、1984年に赤十字国際委員会」と、記念額がはめてある。
また、デュナンが泊まっていた家の戦争100周年の記念額には、「1859年6月24日の戦いの後、近くのドゥオモで、国籍にかかわらず戦傷者を救護したいという、有名な仕事のリーダーであったアンリー・デュナンが、この家に泊まっていた。
彼は、ここの人々の自発的な慈善行為から、国際赤十字の創設という発想を得たのである。「1859年6月~1959年6月」と刻まれている。

そして、赤十字の発祥の地である、ソルフェリーノの赤十字広場のデュナン記念碑には、「この平和で穏やかな時代に、戦争の時負傷者を看護する目的で、そういう慈善事業のために、献身的専門的で、かつ意欲的なボランティアをもって、救護組織を作る方法はないものであろうか? アンリー・デュナン」と、「ソルフェリーノの思い出」からのデュナンの言葉を刻んである。また、広場手前にあるもう一つの石碑には、「この戦場における、悲劇的なシーンと、苦しむ人々を看護する人たちの姿を見て、アンリー・デュナンは、普遍的な、赤十字の思想を抱いた。
ソルフェリーノ・サン・マルチーノ協会創立100年記念1870~1970」とある。(参照:「赤十字巡礼」岸井敏著、日赤会館発行)。田原坂にもこうした赤十字広場や記念碑が欲しいものだ。

 

○赤十字創設に係る世界と日本の比較

赤十字の創設 世界 日本
創設者 アンリー・デュナン 佐野常民・大給恒
西暦 1863年 1877年
機関名 国際赤十字委員会 博愛社(日本赤十字社)
きっかけとなった戦争

イタリア統一戦争の
ソルフェリーノの戦い

兵力:両軍で約22~32万人
死傷者:約4万人

(1日のみ)

西南戦争
田原坂の戦い

兵力:両軍で約9万人
死傷者:約4万人~7万人
戦死者:約1万4千人
(1877/2/15~9/24)

激戦地

ソルフェリーノ
(1859/6/24)

田原坂及びその周辺
(1877/3/4~3/20~4/15)
創設者が訪れた主な負傷者の収容先と宗教

カスティリオーネ地方
キエザ・マジョーレ教会等

キリスト教

植木町・玉東町・玉名市
正念寺・徳成寺・承久寺・光蓮寺等
仏教
創設時の精神(思想) 博愛、人道
(兄弟愛)
「傷ついた兵士は、
もはや兵士ではない、
人間である。
博愛、人道
(忠愛)
「大義を誤り、
王師に敵すといえども、
皇国の人民たり、
皇家の赤子たり。」
赤十字創設の提案書と記述内容 「ソルフェリーノの思い出」
ソルフェリーノの惨状と
赤十字創設の提案
「博愛社設立請願書」
田原坂の惨状と
博愛社創設の提案
規約、規則 「ジュネーブ条約」 「博愛社社則」

 

○赤十字発祥の地「ソルフェリーノ」と「田原坂」の比較

 

赤十字発祥の地 ソルフェリーノの丘と
その周辺地域
田原坂と
その周辺地域
戦死者記念碑 戦死者記念碑
(ソルフェリーノの塔屋上)
西南役戦没者慰霊之碑
(田原坂公園)
納骨堂又は墓 オサリオ納骨堂 官軍・薩軍墓地(多数)
(植木町、玉東町等)
当時の建物

ソルフェリーノの塔

田原坂の弾痕の家

軍団の記念碑等

ピエモンテ歩兵旅団等5基

田原坂崇烈碑等
(戦跡、記念碑多数)
広場又は公園

赤十字広場

田原坂公園
博物館又は資料館 キエザ・マジョーレ教会の
赤十字博物館等
田原坂資料館
(館内に日赤の展示あり)
正念寺所蔵史料
代表的な樹木 糸杉 つつじ、桜

 

(支部 梶山哲男)

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