日赤発祥の地・熊本 〜連載企画〜

連載35 「熊本こそ 此 赤十字事業の 創業の地なれ」(Ⅰ)

熊本は、その創業者である佐野常民が認める「日本赤十字社の発祥の地」である。また、全国では各地で日本における赤十字活動の発祥や先駆者などが紹介されている。それは歴史的な史実であり、日本における赤十字の創設や活動に携わった先輩方や、赤十字に共感をもち、赤十字の大切さを知り、赤十字を愛している方々が、全国に大勢いらっしゃることの証でもある。しかし、沢山の史実や秘話がある中で、日本赤十字社の前身である「博愛社」の誕生については、どうしてもその順位を付けたくなるものである。新しい確たる証拠となる史料が発見されるまでは、あくまでも推測となるが、それは歴史の面白さでもあり、現時点で考えられることを、それぞれの立場から発信すれば良いのではないかと考える。ただ、推測が過ぎると、あと後に迷惑をかけることになりかねないので、歴史家ではない著者は十分注意しようと思う。

歴史的な真実から説明すると、当時ヨーロッパに設立されていた赤十字に習って、西南戦争の田原坂の激戦で傷ついた多数の傷病兵を、何とか同じ人間として敵味方の区別なく救おうと、元老院議官である佐野常民と大給恒が連名によって、日本赤十字社の前身である「博愛社」の設立を明治政府に請願した。しかし、なかなか許可が得られず、最終的には、佐野常民が熊本を訪れ、鹿児島県逆徒征討総督有栖川宮熾仁親王殿下に直訴し、その許可を得て救護活動を開始した。その許可を得た場所は、当時熊本城内にあった「熊本洋学校教師館ジェーンズ邸」であった。「博愛社設立請願書」には、激戦地「田原坂」の悲惨な状況と、皇家や博愛精神が説かれ、欧州の人道的救護活動を例にあげた救護の必要性が必死に訴えられていた。後に「博愛社」は、赤十字国際会議において、西南戦争時の熊本での救護活動が認められ、日本政府のジュネーブ条約加盟に貢献し、「日本赤十字社」と名称を改め、初代社長に佐野常民が就任した。

ここに、日本赤十字社発祥の地の第1位として、イタリアの「ソルフェリーノ」と同じように死傷者が多発した激戦地「田原坂」及びその周辺地域を推薦したい。大阪まで搬送された8千名の患者の苦しみにふれ、現地からの悲惨な報告を聞き、天皇皇后両陛下をはじめ全国の国民が「田原坂」に「博愛の思い」を寄せた。人間を人間として救おうと、ここから近代における日本の人道的運動が始まった。田原坂公園には、西南戦争で戦死された官軍6,923名、薩軍7,186名、殉難者29名の御霊の安らかならんことを願って、「西南役戦没者慰霊之碑」が建てられている。ここには、重傷を負い、博愛社の懸命な治療の甲斐なく亡くなられた方も多く眠っている。田原坂の戦いは17昼夜続き、官軍だけでも1日平均99名もの死者がでた。昼間は主に銃撃戦で官軍が陣地を占領し、夜は抜刀隊の出番で、薩摩軍が陣地を奪い返していた。両軍合わせた負傷者は一日に6百人とも1千人とも言われている。もちろん、田原坂の陥落後も約一カ月もの間、その周辺で激しい戦闘が繰り広げられ、多くの死傷者があふれていた。田原坂とその周辺地域は、今も昔も、いろんな意味において、赤十字の誕生の地となった「ソルフェリーノ」と、あまりにも類似しているのに驚きである。

第2位に、現在は水前寺公園の東隣に移築されているが、劇的なそして感動的な博愛社設立の請願と認可の場所となった「熊本洋学校教師館ジェーンズ邸」を推薦する。当時のジェーンズ邸は、現在の熊本県立第一高等学校敷地内の体育館付近に建っていた。その後、三度移築されたジェーンズ邸は、県内に現存する最古の洋風建築として一般公開され、日赤記念館としても有名で、その敷地内には、日本赤十字社の百周年記念事業として、「愛に手 とこしえに」のモニュメントが建てられている。

第3位は、田原坂の激戦の第一次的な救護所となり一番大変だった玉東町の「正念寺」と「徳成寺」を推薦したい。両寺院とも官軍の病院跡であると同時に、博愛社が最初に救護活動を行った場所と伝えられている。それぞれ日赤発祥を伝える石碑が建てられており、実際には、このお寺の周辺にも臨時的な救護所があったと言い伝えられている。

第4位は、佐野常民が熊本城内で直訴する前に、博愛社設立の打合せや事務を執ったと云う、玉名市(高瀬)の仮県庁跡地にある「玉名女子高等学校」を推薦する。西南の役の当時、政府軍の兵站基地に設置された高瀬の仮県庁では、武器、食糧、人夫、看護人などの調達、さらには、病院、負傷者、裁判の必要な国事犯(薩摩兵)などの対応に追われていた。当然のごとく、佐野常民が県権令を訪ねて仮県庁に来た時の秘話が伝えられ、ここに日赤発祥を伝える標木が建てられていた。現在では同学校内の同じ場所に日赤発祥の石碑が建てられている。

第5位には、熊本全土及び熊本の人たちを推薦したい。その理由は、西南戦争の大半が熊本県内で行われ、その死傷者の大半が熊本県内で発生したからだ。熊本では、戦場のほとんどが民家共々に焼きつくされ、突然そこで生活していた人たちが戦争に巻き込まれながらも、官軍薩軍の区別なくお世話をした。特に、官軍薩軍両軍の野戦病院は熊本県全域に広がり、それらを博愛精神から人道的にお世話したのも熊本の人たちである。

(支部 梶山哲男)

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