日赤発祥の地・熊本 〜連載企画〜

連載30 救護活動と熊本支局の設置

肥後藩の第12代藩主であった細川護久侯は博愛社設立の趣旨とその活動状況に深い感銘を受け、自らも博愛社の活動に協力するため、6月16日に自費をもって旧藩士であった医員助三浦薺、竹崎季薫の2人を軍団病院に派遣した。また、その後7月23日にも看護手河野真澄を同病院に勤務させた。この史実は当時の「博愛社報告原稿」に記載されている。佐野常民等同志は細川護久侯の美拳に深く感動し、厚く謝辞を述べるとともに、今後とも博愛社発展のために、積極的な協力を求めた。

博愛社が救護活動を開始したころは、戦闘も熊本県南部に移っていた。しかし、熊本軍団病院では次々に送還される傷病者のため、病棟が次々と増設され、博愛社派遣の救護員も昼夜別なく、救護活動を展開した。また東京をはじめ、九州各県でも博愛社に協力する人々がしだいに増加し、救護員及び資金、救護資材等もしだいに整備された。「官軍に降参するもの殺さず」の告示も、薩摩兵の救済に役に立った。 その後も博愛社は熊本軍団病院に医員助1人、看護手1人を派遣した。派遣された博愛社救護員9人は熊本軍団病院で戦傷病者の救護に当たるとともに、軍医長の命を受け、八代軍団病院、人吉第二旅団大包帯所等の戦傷病者の救護にも当たった。また、人吉あるいは鹿児島県加治木及び宮崎県細島等からの患者護送にも従事した。

6月23日東京に博愛社本部が設置されると熊本には支局が設置され、「博愛社熊本支局」としてその後の活動を展開した。日本赤十字社社史稿巻1巻には次のように述べている。「初メ博愛社ノ創業ニ方リ、資金供給又ハ救護施設ノ敏速周到ヲ期スルカ為、東京本部ノ外、熊本、長崎、鹿児島及ヒ大阪ニ各支局ヲ設け、互ニ気脈ヲ通シテ各方面ノ事務ヲ執行セリ。」支局の任務は本部の命によって戦地における救護員の進退をつかさどり、また戦地に救護費を供給し、救護施設を設置するとともに、その地域に博愛社の主旨を普及し、あわせて社員及び社資を募集することにあった。

熊本支局は始め佐野常民自ら熊本支局の諸般の事務を執っていたが、明治10年7月のはじめ急用のため帰京することになり、その後の事務は戸田元老院書記官に委託し、委員の名をもって、事務を執らせた。「博愛社社則附言」の本局、支局の項には次のことが記載されている。

「東京ニ於テ本局ヲ開キ、各地ニ於テ支局及ヒ取次所ヲ設ク。故ニ入社及ヒ寄附ヲ望ム者ハ其ノ近便ノ地ニ就キ、左ノ人名ニ照合スヘシ。 熊本支局 委員 戸田秋成 取次所 第三大區八小區本庄町 太田黒一貫宅」

その後、7月24日に戸田書記官もまた鹿児島に赴くことになり、熊本支局の事務は冨岡敬明権令(知事)に委嘱された。冨岡権令は公務のかたわら、博愛社熊本支局の仕事を司り、救護員の配置、地域住民への博愛社設立の主旨の普及および社資の募集等に努力した。

(支部 梶山哲男)

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