日赤発祥の地・熊本 〜連載企画〜

連載25 佐野常民はなぜ博愛社の設立に没頭したのか?

佐野常民はなぜ博愛社の設立に没頭したのか?

佐野常民

もちろん佐野常民は佐賀藩主鍋島直正の影響を十分に受け、また直正の功績の一翼を担った。直正は、質素倹約のかたわら当時は医者の学問と侮蔑されていた蘭学を「蘭癖大名」と呼ばれるまでに熱心に学び、他藩が近代化と財政難の板挟みで苦しむ中、佐賀藩を単独で東洋一とも言われる軍事力を持った藩に成長させた。

また藩主鍋島直正は、激動の中央政界では、幕府、朝廷、公武合体派のいずれとも均等に距離を置き、政治力・軍事力ともに行使しなかった。そのために参与会議や小御所会議などでの発言力はなかったが、「肥前の妖怪」と警戒されるようになっていた。鳥羽伏見の戦いで薩長(薩摩藩・長州藩)側が勝利に終わって以降は、佐賀藩は新政府軍に加わった。戊辰戦争における上野彰義隊との戦いから五稜郭の戦いまで、最新式の兵器を装備した佐賀藩の活躍は実に大きかった。明治政府が近代化を推し進める上で、直正が育てた江藤新平、大隈重信、副島種臣、佐野常民などの人材の活躍も大きく、直正自身も議定に就任するに至った。これらにより、討幕運動には不熱心であった佐賀藩であったが、薩長土肥と言われるまでに、その一角を担う事となった。

明治元年(1868年)、パリから常民が帰ってきたころ、新政府は既にスタートし、藩主鍋島直正は廃藩置県に知藩事(大政奉還後の藩主)として最初に賛同していた。また、明治2年(1869年)6月6日、蝦夷開拓総督を命ぜられ、旧藩士島義勇らを開拓御用掛に登用し、7月13日には初代開拓使長官に就任した。しかし、蝦夷地には赴任することなく、8月16日に岩倉具視と同じ大納言に転任した。直正は、財政基盤が弱かった新政府に代わり、旧幕府軍との戦いの褒賞を割って開拓費用に当て、諸藩に先んじて佐賀藩の民を移住させた。そのほか、満州開発やオーストラリア鉱山開発などを提言するなど、50年先に待ち受ける、対外、食料、資源などの問題を見通していた。一方、佐野常民は、1870年(明治3年)3月~10月までの8ヶ月間、46歳で兵部省兵部少丞に就任し、日本海軍の基礎創りに尽力していた。しかし、増田明道兵部少丞や他の海軍担当官との関係は良好とは言い難く、常民の奮闘は空回りでしかなかった。

鍋島直正は、明治4年(1871年)1月18日、藩邸にて病没。享年58だった。直正が明治維新が始まってから間もなくに世を去ったことは、中央で薩長閥に比べて、肥前勢力が小さくなった一因でもある。しかし、直正の残した人材は、征韓論政変による江藤新平や副島種臣らの下野や、続いて発生した佐賀の乱により、明治政府において直正の構想を十分に実現するまでには至らなかったとはいえ、日本が近代化していく中で極めて大きな役割を果たした。

直正は島津斉彬に並びうる数少ない幕末期の名君とも評されている。一方常民は、藩主直正が没した1871年(明治4年)、初代燈台頭に就任し、洋式燈台の建設にあたる。 1872年(明治5年)には、博覧会御用掛に就任し、日本の産業の近代化をめざすべく、同年3月に日本初の博覧会を湯島聖堂で開催した。常民1873年(明治6年)50歳、ウィーン万国博覧会事務副総裁に就任。ウィーン万博には団長として派遣され、博覧会を通じて日本の近代化に貢献し、「博覧会男」の異名を得ることとなった。 そのころから、浮世絵などの日本美術が話題となり欧州各国で日本ブームが起こり現在にまで至っている。佐野常民もその一翼を担ったのだ。

常民は、1875年(明治8年)、ウィーン博覧会の報告書をまとめ上げる一方で、元老院議員に就任した。彼が博覧会御用掛などの明治政府の要人として、日本の文明開化や産業革命に向けて活躍する中、1877年(明治10年)2月に西南の役が勃発した。そして、ヨーロッパで学んだ敵味方の区別なく戦場で負傷した将兵を看護する赤十字の知識を元に、大給恒(おぎゅうゆずる)と共に博愛社設立に動き出した。それはなぜか? 常民は、ウィーン博覧会の感想として、「文明といい開化といえば、人みな、すぐに法律の完備、または器械の精巧等をもって、これを証すといえども、余は独り赤十字社のかくの如き盛大にいたりしをもって、これが証左となさんとすなり。真正の文明は道徳的行動の進歩と相伴わざるべからず‥」 と、述べているのがその全てを物語っているような気がする。佐野常民は、大泣きしながら熱弁を奮う男で、黒い目の奥から発せられる人を射るような鋭い輝きで、道理や思想まで覆す力があったと伝えられている。

(支部 梶山哲男)

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