日赤発祥の地・熊本 〜連載企画〜

連載5 常民がヨーロッパで出会ったもの~デュナンとナイチンゲール~

パリで常民は44歳であったが、アンリ・デュナンは39歳になっていた。彼はスイス人の実業家で、1859年北イタリアでソルフェリーノの戦いに遭遇し、その救援活動をしている地元の女性たちの群れに入り、放置されていた負傷者を教会に収容するなど懸命の救護を行い自らも救援活動に参加した。ジュネーブに戻ったデュナンは、自ら戦争犠牲者の悲惨な状況を語り伝えるとともに、1862年11月『ソルフェリーノの思い出』という本を出版した。この中で(1)戦場の負傷者と病人は敵味方の差別なく救護すること(2)そのための救護団体を平時から各国に組織すること(3)この目的のために国際的な条約を締結しておくことの必要性を訴えた。

この訴えは、ヨーロッパ各国に大きな反響を呼び、1863年2月赤十字国際委員会の前身である5人委員会が発足、5人委員会の呼びかけに応じてヨーロッパ16カ国が参加して最初の国際会議が開かれ、赤十字規約がでた。この規約により各国に戦時救護団体が組織され平時から相互に連絡を保つ基礎ができ、デュナンの提案の一つが実現した。そして翌1864年には、ヨーロッパ16カ国の外交会議で最初のジュネーブ条約が調印され、ここに国際赤十字組織が正式に誕生した。パリで佐野常民が赤十字に出会った僅か4年前のことである。

このとき、「ランプの貴婦人」で有名なナイチンゲールは42歳で、ナイチンゲール看護学校設立し活躍していた。ナイチンゲールが赤十字の創始者であると思っている人もいるが、むしろ統計学者や看護教育学者で有名である。赤十字活動には関わっておらず、ボランティアによる救護団体の常時組織の設立には真っ向から反対していた。これは「構成員の自己犠牲のみに頼る援助活動は決して長続きしない」と思っていたからである。赤十字が隔年で贈っているナイチンゲール記念章は、アンリ・デュナンがナイチンゲールの活動を高く評価していたため、赤十字国際委員会がデュナンとナイチンゲールが共に死去した翌年の1912年に、「傷病者や障害者または紛争や災害の犠牲者に対して、偉大な勇気をもって献身的な活躍をした者や、公衆衛生や看護教育の分野で顕著な活動あるいは創造的・先駆的貢献を果たした看護師」を顕彰するために制定したもので、日赤熊本県支部からは過去2名の方が授章している。(支部 梶山哲男)

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